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多細胞生物における複合刺激に対する応答 ~ボルボックスの走光性と走電性~

文責:田村 京子 (2008年4月 1日) カテゴリ:情報処理学会東北支部研究会(2007.12)(2)

2008年 2月15日(金)、情報処理学会東北支部研究会で、
「多細胞生物における複合刺激に対する応答~ボルボックスの走光性と走電性~」
というテーマで発表しました。



はじめに

自然の環境の中にはさまざまな刺激があります。
生物は、環境中からの刺激がないとき、自発的にあらゆる方向に動きまわっています。生物は環境からの受けた刺激に対して、応答して行動しています。



研究の目的

生物が刺激1、2に対してとれる行動には
・刺激1に対して行動を起こす
・刺激2に対して行動を起こす
・刺激1と刺激2を複合したものに対して行動を起こす
・全く関係のない行動をする
といういくつかの選択肢があり、刺激に対して判断をする必要が生じます。2つ刺激が与えられたとき、生物はそれをどのように判断し、行動しているのかが興味深い点と言えます。
2つの刺激が与えられているとき、生物はどのような行動をするのかを観察し、その行動を通して生物の判断について論じたいと思います。



ボルボックスについて

生物と一口にいっても、単細胞生物から私たち人間のように複雑な多細胞生物まで様々のものがいます。
本研究では、多細胞生物の中でも比較的構造が単純とされるボルボックスを用いました。ボルボックスとは藻の仲間で、きれいな池や湖に住んでいます。
葉緑体を持っていて、光合成をして生きるが、体の表面にたくさんの繊毛が生えており、水中を自由に泳ぐことができます。
また、光に集まる性質と、マイナス電極に集まる性質も持っています。光に集まる性質を正の走光性と呼び、マイナス極に集まる性質を不の走電性と呼びます。
これらの性質を利用して、本研究では2つの刺激を光と電場にしました。



実験手法

3cm×3cmのアクリルのシャーレに3mlのボルボックスの入った溶液をいれて、
両端の溝にアルミ板を差込み、電場をかけます。
電場と直交する方向からLEDで光を当てます。

ボルボックスの軌跡を表示させるプログラムを使って、どのような反応を示すのかを解析しました。



実験条件

(1)電場のみの単一刺激を与える
  強度は以下のとおり
  電場  2(V/30mm) 4(V/30mm) 6(V/30mm) 8(V/30mm)

(2)電場と光の複合刺激を与える
  強度は以下のとおり
  電場  2(V/30mm) 4(V/30mm) 6(V/30mm) 8(V/30mm)
  光    0(V) 4(V) 5(V) (LEDにかけた電圧)

(3)室内の蛍光灯を消し、暗室内で行う。

(4)単一刺激のみの場合は、数時間光に慣れさせてから行う。

(5)溶液採取の際に加わる衝撃を軽減するため、ピペットの先を5mmほどカットする。



結果と考察

ボルボックスが進む方向をの分布をはかったところこのようになりました。
刺激を与えないときのボルボックスは360度あらゆる方向に動きます。
90度の方向から光を当てて、左から右の方向に電場をかけました。黒、赤、緑の順に電場の強度が高くなっています。
電場が弱いときは、正の走光性を示す固体が多く、電場の強度を上げるにしたがって、正の走光性と、負の走電性の方向を足し合わせた方向に進んだ個体が多くなっっています。

一般に、ボルボックスは自転をしつつらせんを描きながら動くと言われていますが、ボルボックスの運動を注意深く観察するとこの図に示すように大きく2つのタイプがあることがわかりました。
刺激を与えてない状態では、自転軸と進行方向が一致しているボルボックスが多かったので、こちらを自然な状態のボルボックスと定義しました。


不自然な運動をするボルボックスの割合をそれぞれの実験条件ごとに調べたところこのようなグラフになりました。
x軸は電場の強度で、0V、2V、4V、6V、8V です。
y軸は発光ダイオードにかけた電圧で、光の強度をあらわしています。
z軸が不自然な運動をするボルボックスの割合を表しています。

まず基準になる状態を考えます。
光と電気のどちらの刺激も与えていない状態における不自然な運動をする個体の分布をはかったところ、その割合は14%と、最も低い割合となりました。
単一刺激の場合、光の強度を大きくしていくと、不自然な運動をする個体の割合が増加しました。電場の強度を大きくしたときにも、不自然な運動をする個体の割合が増加しました。 光と電気の複合刺激の場合、光の強度、電場の強度が強まるほど、不自然な運動をする個体の割合が増加しました。



結論

1.複合刺激の場合、どちらか一方の刺激を選択し、応答するのではなく、両方の刺激に対して、走性の方向性を合成する応答をした。
2.光と電場の強度が大きくなるにしたがって、走光性と走電性の方向性を合成できない個体が増えた。
3.光と電場の強度が大きくなっても、走光性と走電性の方向性を合成できる個体は、方向に対して、より指向性が高くなった。
4.1の個体を情報を統合できる個体と呼び、2の個体を情報を統合できない個体とよぶならば、環境から受ける刺激が強くなるにしたがって、情報を統合できない個体がふえる一方で、情報を統合できる個体はその情報統合の精度を増したと言える。




発表概要

【発表者】 田村京子(東北学院大学教養学部3年) 田村 京子(a)、林 叔克(a,b)、菅原 研(a)
a 東北学院大学教養学部情報科学科
b NPO法人 natural science

概要

生物は環境中の刺激に対して、応答しながら生きている。様々な環境の刺激がある中で、生物はどのように行動を決定しているのだろうか? 多細胞生物の中では、比較的単純な生物であるボルボックスを用いて、光と電場に対する応答を調べた。ボルボックスは走光性と走電性を合成するような方向に進むこと、また自転軸と進行方向が一致していないものがおり、光の強度、電場の強度を大きくしていったときに、その割合が増加する傾向が見られることがわかった。


1 はじめに

生物は環境からの様々な刺激を感覚器官で捉え、環境や状況に応じた行動を選択している。これは、感覚器官からの情報を統合して行動しているとみなすこともできる。本研究では、多細胞生物の中では単純な生物のひとつであるボルボックスを実験対象に選び、行動特性の解析を通して行動選択のメカニズムを探ることを目的とする。


2 ボルボックスの基本特性

ボルボックスはきれいな池にすみ、光合成ができる植物でありながら、体の表面に生えている繊毛を使って水の中を泳ぐことができる[1][2]。ボルボックスには前後の区別があり、回転をしながら水中を進んでいる。つまり自転軸をもっており、進行方向に対して、反時計回りに自転しながら運動している。環境に対する応答としてボルボックスには光に集まる習性がある。これは正の走光性と呼ばれる。またボルボックスは電場において、電位の低い方向に向かう性質がある。これは負の走電性と呼ばれる。
ボルボックスが示す走光性、走電性に関する研究はこれまでにも世界中で行われてきたが[3]、これらを同時に与えたときの行動特性に関する報告はない。本稿では、光と電気の刺激を同時に与えたときの行動を通して、複数刺激に対するボルボックスの行動選択がどのようなものであるか、という点に焦点をあてた実験結果について述べる。


3 実験手法

3cm×3cmのアクリルのシャーレ(図1)には、電場形成用の電極と、電場に直交する方向から光を当てるためのLEDがとりつけてある。この装置に仙台市科学館[4]から入手したボルボックスの入った溶液を3ml入れて実験をおこなった。外乱光の影響を避けるために実験は暗室内で行った。


図1 実験システムの模式図

ボルボックスの行動はCCDカメラを介してPCに取り込み、0.16秒ごとの位置から軌跡を計測し解析を行った。各条件で3回ずつ実験を行い、平均をとった。
実験に用いたパラメータは以下の通りである。
(1) 単一刺激(電場のみ)
2(V/30mm) 4(V/30mm) 6(V/30mm) 8(V/30mm)
(2)電場と光の複合刺激
電場 2(V/30mm)4(V/30mm)6(V/30mm)8(V/30mm)
光 0(V) 4(V) 5(V) (LEDにかけた電圧)


4 結果と考察

4―1 ボルボックスの応答の方向性

光と電気を同時に与えて、ボルボックスの応答をみた[5]。


図2 刺激を与えた直後のボルボックスの移動方向の分布

ボルボックスは走光性と走電性を合成するような方向に進んだ。
電場の強度を強くするに従って、図2の角度分布がある方向に対しての分散が小さくなることから、走性を指向性高く合成する個体が増加したと思われる。つまり、一見ボルボックスは刺激が強ければ強いほど情報処理をうまく行っているかのように見受けられる。しかし、これは実は直進性を示すものを選択したデータである。

4―2 ボルボックスの運動の様子

ボルボックスは自転をしながら前進するが、その運動の軌跡はらせん状になっている。刺激を与えたときのボルボックスの運動は以下の2種類に分類できることがわかった。
タイプ1.自転軸と進行方向が一致 (図1左)
タイプ2.自転軸と進行方向が不一致(図1右)
まずできるだけ環境からの刺激を抑えた状況でボルボックスの運動を観察したところ、タイプ2の運動パターンを示す個体は低い割合でしか見られなかった。そこでタイプ1を自然な運動、タイプ2を不自然な運動と定義する。


図3 ボルボックスの運動における自転軸と運動方向の関。大多数は一致する(左)が、一致しないものもいる(右)

不自然な運動をする個体の割合を示した分布は図4のグラフのようになった。

リファレンスとして、光も電気の刺激を与えていない状態における不自然な運動をする個体の分布をはかったところ、その割合は14%であった。


図4 不自然な運動をする個体の割合

単一刺激の場合、光の強度を大きくしていくと、不自然な運動をする個体の割合が増加した。電場の強度を大きくしたときにも、不自然な運動をする個体の割合が増加した。
光と電気の複合刺激の場合、光の強度、電場の強度が強まるほど、不自然な運動をする個体の割合が増加した。つまり、光と電場に対する走性を合成できない個体が増加した。


5 結論

光と電気の刺激を同時に与えたときに、ボルボックスは走光性と走電性を合成することができる。移動方向だけみれば、電場の強度を大きくすれば、走性に対する指向性が高まったと考えられる。しかし、一方で進行方向と自転軸の方向が一致しない個体、すなわち、走性を発揮できない個体が増加していた。
このように複合刺激に対して、ボルボックスは情報の統合をうまくおこなえる個体と、統合をうまく行えない個体のふたつに分化した。複合刺激の強度が大きくなるにしたがって、情報統合できる能力に対して、個体間の差が大きくなり、情報を統合できない個体がふえる一方で、情報を統合できる個体はより指向性たかく、走性を合成した。


参考文献

[1]国立科学博物館ホームページ『微生物の世界』http://www.kahaku.go.jp/special/past/bisyoso/ ipix/index.html
[2]JT生命誌研究館、http://www.brh.co.jp
[3]H.J.Hoops et al:J.Phycol. 35.(1999)pp.539-547.
[4]仙台市科学館、http://www.kagakukan.sendai-c. ed.jp/
[5]鈴木由美子、『ボルボックスの情報処理機構に関する研究』東北学院大学卒業研究(2007).


※2008年2月15日 平成19年度 第5回情報処理学会東北支部研究会にて



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