トゲオオハリアリの女王が示すパトロール行動解析とモデル化
- 計測自動制御学会 東北支部 第247回研究集会(2008.12.19)
- 247-9 トゲオオハリアリの女王が示すパトロール行動解析とモデル化
- ○八重樫和之(東北大学 / NPO法人natural science)、林叔克(NPO法人natural science / 東北工業大学)、 菅原研(東北学院大学)
研究背景(社会性昆虫と群ロボット)
まずタイトルにもあるトゲオオハリアリ。これはアリの仲間で、社会性昆虫です。そもそも社会性昆虫とは個々に異なる役割を分担し集団として一つに役割を果たします。そして、結果的に様々な環境の変化へと対応することができるという昆虫です。
次に、この社会性昆虫を工学的視点で見てみます。すると群ロボットというものが挙げられます。群ロボットとは一台だけで一つの機能を果たすのではなく、個々のロボットが異なる機能を果たすことで結果として一つの仕事を行うというロボットです。このように群れを成すことで事故に強く個体数で行動範囲を制御できます。すなわち、社会性昆虫と同様に様々な環境へと適応が可能です。
研究の構想
なぜこのような社会性昆虫と群ロボットの話をしたかといいますと、本件球は社会性昆虫の行動解析を行い、そこからシンプルな因果関係を抜き出しシミュレーションによるモデル化を行います。そして最終的にバイオロボティクスへの応用を行うという三本柱が本研究の構想です。
研究背景(トゲオオハリアリの習性)
さて、ここから少し具体的な内容の説明を行います。今回注目したのは社会性昆虫の中でもトゲオオハリアリという亜熱帯・熱帯に生息するアリです。トゲオオハリアリは女王を隔離するとワーカーの卵巣が発達し産卵行動を開始する、すなわち女王がいなくなるとワーカーが女王になるという習性があります。しかし、実際のコロニーにおいてワーカーがみんな女王蟻になってはコロニーとしての平穏が保てません。これに対して女王蟻がパトロール行動を行い、女王がワーカーに接触するとワーカーの卵巣発達が止まるという琉球大の研究事実(*)があります。すなわち、女王蟻は一定時間内にワーカーに接触しているのです。
では実際にこの女王によるワーカーへの接触の精度はどれくらいかを表したものが隣のスライドです。これは琉球大の研究チームが調べたコロニーサイズ(アリの数)ごとの女王蟻のパトロール結果を表したグラフです。赤線が3時間、緑線が6時間パトロール行動を行った場合に女王蟻がコロニー内の何割のワーカーに接触したかを表しています。すると、200匹のコロニーですら約9割のワーカーに出接触しています。
研究の目的
もし人間がある組織の人間すべてに会おうとすれば、誰に会ったか、誰に会ってないかを数えます。しかし、女王蟻が常にコロニー内のワーカー(50~200匹)すべてを区別しているとは考えにくいです。さらに、実際の蟻のコロニーを観察すると大半の蟻が動かずに休んでいることがわかります。これで本当に女王蟻は6時間以内にすべてワーカーと接触できているのか不思議です。もっと効率のよい接触方法がありそうなものです。
そこで、本研究の目的は女王がすべてのワーカーに接触するのに最適な行動パターンを研究することです。
モデルの構築
まずはコロニー全体について考えます。ある一瞬コロニーを観察したときに何割の蟻が活動しているか、何割の蟻が休憩しているかに注目し、これを確率によって記述します。
次に一匹の蟻の行動について考えます。図のように時間軸対して、活動・休憩の時間をとります。このとき活動と休憩時間の比を変化させます。このスライドの場合活動時間と休憩時間の比が3:7なので活動時間の割合を30%とします。
また、活動時間・休憩時間が終わるたびにサイコロを振り、次のモードを決定します。例えばサイコロの目が奇数のときは活動、偶数のときは休憩としたとき、活動モードに入る確率を50[%]とします。 活動時間の割合、活動に入る確率をそれぞれ10,20,...100%まで変更し実験を行います。
次に排除体積効果について考えます。排除体積効果、つまり蟻が何匹も重なるという状況を認めるか認めないかという違いです。排除体積効果を無視した場合、蟻はいくらでも重なってよいということにします。これに対して排除体積効果を考慮した場合、進みたい方向に別の蟻がいた場合進むことができないということにします。すなわち、蟻の巣に何割の蟻が占めるかという占有率による違いについて注目します。
シミュレーション方法
シミュレーションは格子モデルにして行います。スライドのように、●が蟻です。赤丸が活動中、黄丸が休憩中、そして緑で囲った丸が女王蟻です。
蟻の行動は活動・休憩の割合のみを変更します。つまり、コロニー全体を見回したときどれくらいの蟻が活動中なのか(残りは休憩中)のみを問題にします。よって、蟻の動き方は前後左右にそれぞれ25%の確率で移動します。
次は女王との接触の判断方法です。排除体積効果を考慮しない場合は座標が重なったときに接触と判断し、排除堆積効果を考慮した場合は女王の前後左右いずれかにワーカーが来た場合に接触と見なします。
シミュレーションパラメータは
- 1.活動モードの割合・活動モードに入る確率
- 2.占有率(格子に対して蟻の点が占める割合)
そしてシミュレーション結果は女王がすべてのワーカーに接触するまでにかかったステップ数とします。
実験結果
スライドは占有率50%,排除体積効果を考慮した場合の結果です。横軸が活動モードに入る確率、縦軸が活動時間の割合を示してます。そして、各セルは色が赤色に近いほど女王蟻がすべてのワーカーに接触する時間が長くなっています。 どの結果も赤矢印ほ方向に応じて勾配が変わっていました。よって、ここでは最も勾配の大きい赤線のデータについて注目します。
スライドのグラフはコロニー内で活動する蟻の割合に対する女王のパトロール行動に要した時間を表しています。縦軸は常用対数をとった片対数グラフとなっています。占有率ごとに比較すると、占有率が大きくなるにつれて排除体積効果の影響が出てきます。
この中で最も排除体積効果の影響が出た占有率75%排除体積効果を考慮した場合の結果について二本の直線によって最も誤差が小さくなるようにフィッティングを行いました。すると、排除体積効果を考慮した占有率25,50,75%の場合でそれぞれ二本の直線の交点がずれることがわかりました。ここでは傾きの小さい直線をfitting1,もう一方をfitting2と呼びます。
考察
すると、fitting1は活動するアリの割合が増えてもパトロール時間はあまり変わらない、fitting2は活動するアリに割合が増えるほどパトロール時間が短くなることがわかります。
そこで、今度はTOYモデルを用いてそれぞれの直線の意味を考えて見ます。まず、活動モードの玉の割合が低い場合です。これは、半数以上の玉が止まっています。すると、本来動けるはずの玉も止まっている玉が邪魔で動くことができません。すなわち、動けない玉が大幅に増えてしまいます。よって、少しでも動く玉が増えれば結果として大幅に動ける玉が増えることになります。
これに対して活動モードの玉の割合が大きい場合、動ける玉を邪魔する玉は少なくそれなりに玉はシャッフルされます。したがって、動ける玉の割合が増えたとしても若干しか動ける玉は増えません。
しかも、動ける玉同士が邪魔をする場合を考慮するとすべての玉が動くことがそれほど玉全体をかき混ぜることに対して寄与してるとは言い切れません。
結論
結論として、活動・休憩時間のバランスのみを問題とした場合、女王がすべてのワーカーに接触するにはコロニー全体として約半数の蟻が動く程度で十分であると考えられる。
今後の予定
今後の予定としては、実際のトゲオオハリアリの行動解析を行い全体として何割の蟻が活動・休憩しているのか、進行方向について何か特性はあるかどうかを解析していく。
そして、最終的に群れロボットへの応用まで実現させようと考えている。
参考文献
1)T.Kikuchi.,T.Nakamura.,K.,Tsuji(Changes in relative importee of multiple social regulation force with colony size in the ant Diacamma sp . from Japan) Faculty of Agriculture University of Ryukyus (2008).